題名:撮る側と撮られる側のまばたき感 報告者:アダム&ナッシュ 本記事は、この記事の続きです。 先の記事にて公と私の境界を考えるとともに、好奇の目を活かして、「公」としつつも、「私」であるような印象をもつ写真を撮るロシアの写真家のMarat Safin氏の作例を挙げた。ここでは、さらに撮る側と撮られる側の違いを考え、それがどこにあり、それによって、「公」としつつも、「私」であるような印象が何によってもたらされるかについて考えたい。キーワードは表題にあるまばたき感である。 まば…
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